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第2回松竹大陸:たぬきごはん

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『松竹大陸』は、現在活躍中の松竹芸能所属タレントに、幼少期の武勇伝や芸人になったきっかけ、コンビ結成秘話などを取材いたします。

第2回ゲストはこちら!

お嬢様と執事でおなじみのたぬきごはん 。その歴史を振り返っていただきます。

—こんにちは。本日は色々とお話伺いたいと思います。よろしくお願いします。

たぬきごはん:よろしくお願いします!

 

姉が不審者に襲われたそのとんでもない結末

—宍倉さんは執事ということで、実際には執事がいらっしゃるようなお家柄で、その影響を受けて、、というようなイメージを勝手にしていたのですが、実際はいかがでしょうか?

宍倉:いえ、全く

宍倉:僕昔は、ボロボロの家に住んでまして。本家が畑で、本家の畑の中にボロボロの平屋がありまして。 もう今は無いんですけど、こちらが実家です。 。

—!!!これは・・・凄まじいですね。。
こちらの想像とはあまりにかけ離れてました・・
なんかすいません。。

宍倉:両親と姉と4人で暮らしていまして、家の前が樹林のようなところなので、夜は真っ暗になるんですよ。雨戸しめると外からも真っ暗で、姉が高校生で僕が中学生くらいの時に樹林の中に、当時でいう偽のテレフォンカード売ってるような、不法滞在の外国人の方が隠れていて。

—えっ!?

宍倉:姉がバイトから帰ってくる時、その外国人からしたら女子高生がテリトリーに入ってくるボーナスチャンスだと思ったらしく、お姉ちゃんを襲うんですよ。

—なんちゅうはなしですか・・・

宍倉:乱暴というか、性的なそうゆうことしようと思って、小屋に引っ張るんですけど、

—小屋に連れ込まれるといよいよヤバいじゃないですか・・

 

宍倉:その小屋が我が家なんですよ。

—爆笑
すいません、笑ってはいけないんでしょうけど、安心しました。
実際そのシーンに遭遇されたんですか?

宍倉:はい。あ~帰ってきたねって、ガチャって開けたら、知らない外国人に羽交い絞めさたお姉ちゃんがいて・・・・。
外国人の方もまさか人が住んでいるとは思わなかったようで、目が合うとあわててと逃げて行ったので、事なきを得たのですが。そんな感じの治安の悪いところで育ちました。
だから、ただ姉ちゃんが早めに帰宅しただけっていう・・・。

—爆笑
正式に付き合ってる彼女だったとしても実家では気まずいですからね。。とんでもない話ですね!

—小さい時からお笑いは好きだったとかはあるんですか。

宍倉:昔からお笑いは好きで、テレビっ子だったんでずっとテレビ見てました。なんで、幼稚園から帰ってくるとお笑いスター誕生とか見てた覚えありますね。ウッチャンナンチャン、とんねるずがんばれって思ってた記憶はあります。

—小学校、中学校とかってクラスで、人気者的な感じだったんですか?

宍倉:全然地味だと思います。(笑) 顔だちもそんなに派手な顔じゃないんで同級生とかで会うと、佐藤君じゃなかったっけって言われるとか、あれ宍倉くんだっけって

—珍しい苗字なのに

宍倉:そうですね。クラスを分類すると、イケてる軍団と、普通の軍団と、イケてない軍団があるじゃないですか。このイケてない軍団とイケてる軍団の窓口みたいな感じというのが、まあ僕でしたね。 いじられてもないですね。あんまり見向きもされてないというか。 我々はわれわれで生きていたという感じで過ごしていました。

リアルお嬢様、からの・・・

—ほりさんは子供の頃はどんなお子さんだったんですか!?

ほり:子供の時の話・・・そうですねえ・・・ずーっとこんな感じの嫌なやつでした。 ずーと嫌なやつ。 2歳の誕生日を迎えるときに、「私は2歳になったからもう乳母車には絶対乗りません」って宣言をして、高熱を出しても絶対乗らなかったっていうエピソードを親から聞いた事があります。それぐらい頑固だったようです。

—嫌な奴かどうかはさておき、頑固者だったんですね。出身は大阪ですね?

ほり:そうです、昔は親が教育ママみたいな感じだったので、習い事めっちゃしてましたね。ピアノもドラムもジャズダンス、バレエ、習字・・・etc。

—宍倉さんとは逆で、イメージ通りのお嬢様だったのですね!順風満帆の少女時代といった感じでしょうか?

ほり:そんなことないです。私、全受験に失敗してるんです。挫折の多い学生時代でした。 小学校も中学校も受けて落ちて、中高一貫でしたし、大学は京大落ちて横浜国立大学行ってという感じで、全部落ちてきたんで、1回も成功したことないんです。

宍倉:でも落ちたの京大だもんね(笑)勉強ばっかりやられて

ほり:はい、勉強ばっかりしてたんだと思いますよ、たぶん。
でも見た目はだいぶんファンキーな時もありました!!

—!!!!お嬢様と今のキャラクターからは大分かけ離れてますね、、!

ほり:21歳くらいの頃ですね。この時代を経て、大学を卒業して養成所に入りました。

—急に腑に落ちました。

ダウンタウン→ナインティナイン→宍倉

—宍倉さんは卒業されてから、芸人になるきっかけは何だったのでしょうか?

宍倉:専門学校を出て1年間だけ就職して、そこから、フリーターを楽しんで、遅いですが、25歳で養成所に入りました。 きっかけは、なんとなくの流れで、中野の素人でも出れるような、ライブに出た時、当初出るはずの方が出れなくなったので、キャンセルもったいないから代わりに出てくれと頼まれて、地元の友達とちょっとネタ作って出たらウケたんです。 その初めて出たライブで、20組以上出演した中で2位になったんです。

—すごいですね!

宍倉:その時に「あ、これだったんだ」ってなったんです。 ダウンタウン、ナインティナインの8年周期みたいなんあるじゃないですか。 たぶん岡村さんと歳が8歳違うんで、、
次の8年目は、あ~俺だったんだって。

—なるほど。緊張とかしなかったんですか?

宍倉:しました。人前で初めてやったんでガチガチでしたね。

ほり:いまだに緊張しますからね、手ふるえる、汗出る。

宍倉:緊張についてはもうぬぐえないですね。うまく付き合っていくしかないですね。治すことはもうできないんで。

—舞台を拝見した時は全然緊張されてるようには感じなかったのですが、やはり緊張というのは人前に立たれる方でもなくならないものなのですね。それで、8周年期を実現させようとスクールに入られたわけですが、その時はお一人ですか?

宍倉:入った当時はその時一緒にやってたやつが、養成所のお金を貯金するから「先に入って待ってて」と言って僕だけ先に行ったら・・・、やっぱ来なかった。 なんとなく想像はできてたんですけど、心の底では信じていたかったので。。。 でも、僕はもうお金払ってるんで、まあせっかくなら1年間行こうと思ってそこで辞めずにっていう感じの始まりでした。

—ほりさんはお笑いが好きだったんでしょうか?

ほり:関西出身なのでなじみはあったのですが、 入った当初はラジオDJになりたくて、タレントコースに行ったらなれるのかなあっと思って、女性タレントコースに入りました。

ほり:中3ぐらいからずっとラジオDJに憧れてて、特にマーキーさん、ヒロTさん、あのラインが大好きだったんですけど、結果全くなれなくて、、。
昔からお笑いには触れていたので、途中からお笑いコースになんとか行かせてくれませんかって始めたのがきっかけです。

コンビを組むきっかけ

—では、無事にお2人ともお笑いの方へ行かれたという事ですが、年齢も入所した時期も違うお2人が、コンビを組むことになったのは、どうしてでしょう?

宍倉:元々は仲良い軍団の中にいて、一番後輩(ほりさん)で、その時一番上(宍倉)っていう、輪があって。

ほり:私2年間ピンでやってたんですけど、全然ウケてなかったんですよ。 年間ひとウケもしてないんですよ。

—そうなんですか、、、それは辛いですね。。
ちなみにどんなネタをされていたんでしょうか?

宍倉:身体黒塗りで、黒人R&Bシンガーがハミングしながらあやとりするっていうトリッキーなネタをやられてて、色々重ねすぎてる感じですね。

—(笑)ぶっ飛んでますね、笑いと笑いがリンクしなかったパターンですね、、

ほり:楽屋しか笑い声聞こえない感じの完全内輪ウケ状態でした。

宍倉:でも、この子こんなに面白いのになあって思ってて。もったいないなって、後輩で解散する男の子とかに、この子とんでもないから組んだらって、ずっと言ってたんですよね。でも、「いや、ちょっと男女はとか、なんか男女って難しいんじゃないですか」って感じで断られて。で、僕も前のコンビを解散して、どうしようかなってなったので、なんとなく周りがお前進めといて・・・みたいな空気になって。 まあ男女もあんまなかったしっていうので声をかけたのが始まりです。

ほり:私はもう2年間ピンでやって、もう絶対に無理だって思ってたんで、早くコンビを組みたかったので、相方をずっと探してました。 でも、女性同士はうまくできないなって思ってたんで。たから、どうしたらいいかわからないまま時が過ぎて行く中だったんで、内心ラッキーって思いながらあんまり出さずに、「いいっすよ」みたいな感じで、承諾しました。笑

結成後「お嬢様・執事スタイル」になるまで

—設定はずっと「お嬢様・執事スタイル」なんですか?

宍倉:最初はコントで、2・3分のネタがくすくす程度で終わってしまって、僕は今までの感覚でこれボツだな、またいちからやり直しだなってなってたんです。そしたら、舞台そでにはける時に、(ほりさんが)「めっちゃうけましたね!!」って(笑)

ほり:いや、2年間がありましたからね。ほんとに人って笑うんだって思って。声出して笑うんだって思ったんです。

—そこまで笑いから遠ざかってたんですねー

宍倉:これをウケるとするんだこの子はっていう…(苦笑)

—今のお嬢様・執事の関係になるまでのストーリーをお聞かせください

宍倉:最初はほりさんがボケで、僕はツッコミのコントをやったんですけど、 NOTTVの企画でコントサークルで、絡んだことない若手とよゐこの濱口さんの対談みたいな企画で、「僕たちコンビ組みたてで、全然ウケないんです~」って話したら、ボケとツッコミ逆ちゃうって言われたことがきっかけで、逆にして漫才をするようになりました。

ほり:それで、ちょっと変わったことをやりたいから漫才中に座って説教するみたいなことをやってて、結構自分の感触はよかったんですけど、どこにも引っかからなくて。
この時、私が30歳になるからか、めっちゃ焦っていて(笑)29歳の最後の3か月ぐらい、めちゃくちゃ相方(宍倉)と喧嘩してて、自分でもどうしたらいいのかわからない感じでした。
「何かやらな、何かやらな」とは常に思っているけど、「何も思いつかない」から余計焦るって日々を過ごしていました。 ネタ合わせをしててもどっちの意見も通らないみたいな時に、着物でネタやったら、お嬢様と執事の絵がみえるって、コーヒールンバの平岡さんが言ってくださって。それきっかけでお嬢様と執事が生まれました。

—先輩の助言があったんですね。

ほり:そうです。私一人に言って下さったんで、「こないだ平岡さんがそんなこと言ってくれてましたよ」みたいな、私の意見じゃないですみたいな感じで、伝えてやってみたらなかなかしっくりきたという感じで。

宍倉:ふわっと言ってますけど、当時、言い合いしてて、険悪ムード漂っている時に、 「私あの着物でお嬢様と執事でやったらいいってなったんで、そうゆう漫才やるんで、あの、執事の恰好お願いします。」ってもう、決まってる感じで。

ほり:決定事項として!!笑

—全然ふわっとじゃないですね!

宍倉:まず、執事の恰好ってところもひっかかるし、キャラ漫才やったことないしって感じで。。。

ほり:「傘ももぅ買ったんで」って

宍倉:って言われても「え、知らないしっていう」・・・ そんな始まりでした!笑

—半ば強制的にですね、、
そのネタ作りはどのように作られるのですか?

宍倉:ネタは一緒に作っていて、どっちも意見通さないんで話し合いつつ両方やろうみたいな感じです。 漫才中に座るとか、お嬢様やるとかいう発注が飛んでくるんですよ。でも否定して喧嘩なってもしょうがないんで。 大体は僕が折れて、でもこうゆうネタあるよってぼんぼん投げてって、はいダメ~、はいダメ~じゃあこれでいいでしょうっていう、商品開発部と工場みたいな感じで作っています。

—ほりさんが商品開発部長で宍倉さんが工場長なのですね

コンビ間の立場

—喧嘩するときってすごい言い合うんですか?それともお互い口きかないみたいな?

ほり:どっちもありますね~

宍倉:基本は不機嫌の出し合いっすね

—そこをこえて今は仲良しなんですか?

宍倉:平岡さんのおかげですよね。

ほり:そうですね

—ぶつかってこそコンビですよね

宍倉:29歳の時はなにをそんなに焦ってたのかな!?

ほり:逆にいうと36歳になってなんで焦ってへんのやろうって思ってましたからね!!

宍倉:36歳で焦ってもなんにもないんで、あとはもう長く生きるしか。 ここだって時が来ますから、そこ待つしかないと思ってます。なんか、明日明後日死ぬのかなってぐらいカリカリしてましたもんね。

ほり:いや、でも女の29歳はね。

—周りもどんどん環境変わっていくし結婚とかも含めて

ほり:そんな意識なかったんですけどよくよく考えたら29歳の時おかしかったなっていう感じでしたね

男女コンビのラブは存在する!?

—きっとよく聞かれると思うんですけど、ふたりにラブはあるんですか?

宍倉:あ、異性としてはあんまり見ないですね。 まあ、姉がいるんで、身内な感覚に近いです。

ほり:全く異性としては見ないですね。 横で着替えられても全然なんとも思わないし。 逆に恋愛の話人にしてるの聞くと気持ち悪ってなります。

宍倉:それこっちもだからね!

ほり:知らんわって。お互いの交遊関係とか、そういう話はしないですね。

宍倉:僕コンビ組んでから彼女がいないんで、だからあんまり紹介はしたことないですけど、まあ、できたらね、紹介はしたいですよね。

ほり:べつに大丈夫です。いい、いい。

宍倉:お見知りおきを~てね。 本当は、したいんですけどね、ちょっとこっちの問題で。逆にあのひと私の彼氏だよって言われたことないですからね。

ほり:そんなんわざわざ言います?言わないですよね!?

宍倉:いや、どんなやつかなってのは気になんない?だから、今いるとかも知らないです。 今日彼氏来てんのみたいな、気持ちわるっと思っちゃうんで、いまこの場で言いますけど、なんかね、ネタ合わせしてて、急にちょっと帰ろうかなってなったら、何、彼氏みたいな。笑

ほり:そういうのめっちゃ下手なんですよ。ナチュラルにそういうの言えないんですよ。

宍倉:彼氏なの!?みたいな!言ったことないですけど!! そういうの気持ち悪いなって感じになります。

ほり:あとネタに恋愛を取り入れないようにしてるんで、その話に中々なりづらいかもしれないですね。

宍倉:男女で恋愛のネタをやってるのが多いのでそこと真っ向勝負しても多分勝てないなと思って技術がないんであと恋愛経験、説得力がないんで、そこは避けていこうという感じです。

—うーん、黙って聞いてましたけど、ここまでの掛け合いに愛を感じるのは私だけでしょうか・・・

コンビ名の由来

—「たぬきごはん」のコンビ名の由来はなんでしょう?

ほり:コンビ組んだ時に私がよく食べてたごはんの名前ですね。

宍倉:なんかM-1みたいな感じでちょっと遊びを加えながら厳選していきました。 元々80くらい案があったて、そこから僕が40くらいにしてって言うと、 一次通過はこの人たちです。ってコンビ名だけずらーっと一覧で送ってきて、 準々決勝はこれだけって。

ほり:敗者復活とかもあったりしてどんどん絞っていき、「玉の湯」・「たぬきごはん」・「9ミリロング」。が最終候補になりました。

—9ミリロングバンドみたいでかっこいですね!笑

宍倉:最初玉の湯で提出したんですよ。「玉の湯」ってコンビ名にしたいですって。言ったらマネージャーさんがパッとしないと却下されて。で、最後の決勝3組を見せてたところ、じゃあ「たぬきごはん」でいいんじゃないってなりました。

ほり:最近はもうたぬきごはんは太っちゃうんで食べてないです。

—笑

これからの目標

宍倉:えーそうですね、のんびり暮らしたい。 なんかこう、力の抜いた人でいたいですね。もちろんネタやりつつで。こいつらに負けないとかいう、とがりはだいぶ消しましたね。ほんとはめちゃめちゃ思ってるんですけど、あんまり言わないようにします。

ほり:そうですね。いろんなキャラクターものをやってるんですけど最終的には「ほり」として漫才したいですね。人間味を増すというか。

宍倉:個人的にはですけど、ほりさんは学歴もあるっていうとこもあるし、FMに憧れてるだけあっていい声もしてるんで、ワイドショーのゲストコメンテーターに、行ってもらいたい願望があります。

ほり:リンゴさん枠ですか?

宍倉:そうそう!!ちょうどね、そうゆう顔になってくれればなっていう。

—でも、宍倉さんもコメンテーター感ありますけどね、司会とか!?

宍倉:あります?本当ですか?じゃあ冠ですね。ゆくゆくは冠番組!

ほり:急に大きくでる。のんびりってゆうてはったのに・・・

—宍倉さんの8年周期のあれ

宍倉:そうです、僕なんで、僕のはずなんで!

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